今回は、腹式呼吸について取り上げます。
腹式呼吸は、日本では「歌唱や発声に欠かせない、基礎となる呼吸法」という認識があると思います。
正直、わたし自身も「発声するにも、まずは腹式呼吸!」とずっと昔から聞いて育ちました。
しかし、「腹式呼吸を推奨するのは誤りだ」と指摘する人たちもいるのをご存知でしょうか。
本記事をまとめたわたし自身、いまだに腹式呼吸が本当に「必要ないもの」なのか断定できません。賛否両論あります。
ただ、「呼吸を意識するしないはいったん置いといて、その他の練習を積み上げていったほうが効率的かもしれない」と考えています。
1855年、腹式呼吸の誕生
腹式呼吸は、1855年にフランスの医学者、ルイスマンドル氏が提唱したことから始まります。
外部リンク:Dr. Luis Mandl(1812〜1881年)
かんたんに言うと「腹式呼吸ならば、アマチュアでもすぐにベテラン並に声が出せるようになるのではないか」という提唱です。
しかし、この提唱は、のちに「誤っていた」と本人みずから否定しています。(ま、まじか…)
息の節約が目的
腹式呼吸とはもともと「息の節約」のために考案された呼吸法です。
あからさまに胸式呼吸で喋ってみると分かるとおり、胸式はどんどん息が漏れて、割とすぐに息が尽きます。つまり長続きしません。そこで息を節約するのが、本来の「腹式呼吸」というテクニックでした。
マヨネーズのチューブを想像してみてください。
チューブのフタを開けて、逆さにして、ジワーッとチューブ全体を押さえると、マヨネーズが出ますよね。そして、押さえるのをやめればマヨネーズは止まります。
チューブ全体にかかる圧力が出口に集中して、必要量だけマヨネーズが出せるということです。
腹式呼吸も同じで、胴まわりで圧力をかけて肺から必要量の息だけを出せるということです。
「腹式呼吸ではなく、腹式発声と言ったほうが誤解が少ない」と言う人もいます。
ドッグブレスと腹式呼吸は関係ない
こういった背景があるので、息の節約を目的として呼吸を意識するならまだしも、ドッグブレスのように息を吐ききることはトレーニングメニューとしてもやや矛盾を抱えているんです。
ドッグブレスは瞬時に息を吐ききるので、筋力向上や息を止める筋力トレーニングには向いていますが、腹式呼吸とは無関係です。
これも実は、腹式呼吸とはあまり関係のないことです。
いまいちど「声を出す仕組み」を紐解いてみましょう。
人間をギターに例えてみる
人間の発声をアコースティックギターに例えるなら、音が出る源は「弦(げん)」です。
アコースティックギターの仕組みをご存知でしょうか?
ギターは弦だけを鳴らして音が完成するわけではありません。ギターのボディ(空洞が空いている本体)が、弦の音を増幅させてくれるんです。
- ギターの弦=人の声帯
- ギターのボディ=人の身体
ということになります。ボディのことを、共鳴体とかスピーカーと言ったりもします。
ギターのボディがこんにゃくで出来ていたら、いい音は鳴りません。人間の身体も同じで、ちゃんと共鳴するように身体作りはしなくちゃいけません。
でも、この概念に「息の多い・少ない」がまったく関わっていないことに気づいたでしょうか?
あるいはリコーダーだって同じです。リコーダーは「息を必要量だけ入れる」からこそ気持ちのいい音が鳴るのであって、大きな息を入れるから気持ちのいい音が鳴るのではないですよね。むしろ、息の入れすぎは逆効果になります。
息を節約する練習
そのとおりで、腹式呼吸はある程度有効です。でも別に腹式呼吸じゃなくてもよくない?という見方もある、ということだそうです。
とここで、息の節約トレーニングをお伝えします。
まず、ティッシュ(2枚1組)の薄皮1枚だけを用意します。
ティッシュを口の前に垂らします。鼻に触れるか触れないか程度です。
この状態で、ある程度の音量でセリフを喋ってみてください。ティッシュが息でばさばさ浮くはずです。これが通常の息漏れです。
これをティッシュが浮かないように、しかし声の音量は落とさずに喋ってみてください。
難しいと思います。でもこれが出来たら、うまく息の節約ができているということです。腹式呼吸であろうとなかろうと問題ないです。そこで次の鎖骨呼吸という呼吸法もご紹介します。
※さ行(歯擦音)、た行(破裂音)はティッシュが浮きます。でも、は行(摩擦音)はうまくいくとティッシュが浮きません。難しい!
鎖骨呼吸もある
呼吸法の分類は、もともとクラシックの世界から始まっています。その出発点は「いかに息を節約しつつ、声にエネルギーが込められるか」です。この目的が達成できるなら、何の呼吸でも構いません。
胸式呼吸では、胸郭(きょうかく)と言われる胸の部分が上がります。極端にいうと、ハト胸のようになります。
腹式呼吸では、横隔膜が押し下げられお腹まわり(胴まわり)がすこし広がります。
そしてもうひとつ、鎖骨呼吸があるのを知っているでしょうか。
鎖骨呼吸は、鎖骨あたりに呼気を溜めるイメージを持つ呼吸法です。
鎖骨の位置は、息を吸ってもまったく上がらないか、わずかに下がる感覚があります。
胸式呼吸のように胸郭は上がらないので違和感がありません。胸・お腹は必要量だけ、わずかに膨張します。胸式呼吸や腹式呼吸と比べると、見た目にあまり変化が出ないのがメリットです。
そしてこの鎖骨呼吸を自然と行っている役者は意外と多いのだそうです。
腹式呼吸に関する参考リンク
「腹式呼吸」に疑問を投げかけている記事は、他にもありました。どれも興味深いものばかりでしたので、合わせて読んでいただくとよいかもしれません!
・腹式呼吸の真実
https://ameblo.jp/agaga1983/entry-12295176783.html
・腹式呼吸 横隔膜呼吸、ベリー・イン
http://the-vocal.com/term/%E8%85%B9%E5%BC%8F%E5%91%BC%E5%90%B8/
・近代メソッドが誕生した歴史とその有害性
https://note.com/hiromasa_katoh/n/n1c85f3b21454
・見直した方が良いボイトレメニュー10選
https://note.com/hiromasa_katoh/n/n1d77f11e388b
・腹式呼吸をやめる その1
https://hirorisan.net/bellybreath_1/
こちらは日本語の論文です。
腹式呼吸(横隔膜呼吸)効果の検討(2003年)
“腹式呼吸は(中略)呼吸困難感を軽減する代表的な呼吸法として本邦では広く今日まで使用されてきた。しかし、近年腹式呼吸によりむしろ呼吸困難感が増大すると海外で報告されており、腹式呼吸の使用は再検討すべき時期にある。”
上記の論文では、腹式呼吸が特定の患者には逆効果である主旨のほか、健常者には一定の効果が見られたこともちゃんと書かれています(p304)。
なるほど、呼吸法ひとつ取っても、賛成意見と反対意見のどちらも存在するんですね。聞くまで知りませんでした。
あなたは、どう感じましたか?